協会の立ち上げ

2010年ごろ、チューリッヒ市内の日本語シュピールグルッペに参加する保護者のなかで、日本人学校とは違う日本語の学校を始めよう、という話が持ち上がりました。
チューリッヒ州教育庁から認定されサポートを受けられる教育機関に、当時まだ日本語校がなかったため、HSK(継承語教育)の学校作りをすることに。HSK校認定の申請手続きを担当してくれる人を加えて、保護者の手での学校作りが進んでいき、2010年12月に「チューリヒ日本語教室協会」が立ち上げられました。
シュピールグルッペや広告を通じて募集した30人ほどの生徒をむかえ、2011年8月に授業を開始。当時は幼稚部1クラス、小学部1クラスでした。2012年6月チューリッヒ州教育庁よりHSK授業校として認定されました。
教室のカリキュラムは、設立当時の保護者である役員および教員が、ヨーロッパにおける継承日本語教育の第一人者であるバーゼル日本語学校のフックス清水美千代先生に相談しながら作成しました。
子どもたちが日本語を学ぶ場所づくりのため、一から保護者による手作りで立ち上げられた協会です。
成長と多様化

設立から3年目の2014年1月、初めて書道の授業が行われました。小学部一期生は3年生となり、授業内容も広がっていきました。
設立から5年、2016 年に5周年記念として、初めて会員交流イベントが開催されました。当時、イベントを開催すること自体にいろいろな意見があり、大きくなった教室の目的、保護者の求めるものが多様であることが明らかになっていきました。同年、協会員同士の交流のために学校新聞が創刊されました。
初の「卒業生」
設立9年目となる2019/20年度に、初の最高学年となる9年生が誕生し、小学部から「小中学部」に名称が変更されました。同年度末、日本語教室初の「卒業生」を送り出しました。
10周年の節目とコロナ禍
新型コロナウイルスの流行により世界中で様々な変化が起きる中、日本語教室は2021年に協会設立10周年の節目を迎えました。コロナ禍の発生後、日本語教室は一時休校されたのちに教員や保護者の対応を経てオンライン授業になりました。企画されていた10周年記念イベントは記念品の制作に変更と、あらゆる場面でコロナ禍の影響がありました。
運営体制の進化
協会設立から11年目、協会規模の拡大に対応し運営を安定させるため、「運営コーディネーター」を擁する新しい運営体制への移行が決定されました。運営コーディネーターは年度ごとに入れ替わる役員の業務をサポートする役職で、24/25年度に名称がより簡明な「校長」に改められました。
校舎の変遷

設立当初の校舎はチューリッヒ市内西部HönggのRütihof校と近隣で、設立から3年間同校舎で授業が行われました。4年目の2014/15年度に市内南部のイタリア学校(Casa d’Italia)に移転し、翌年2015/16年度には小学部が市内中心部のRiedtli校舎、幼稚部がBeckenhof幼稚園へ移りました。
6年目の2016/17年度に小学部は市内中心部LettenのWasserwerk校舎に移転。以降4年間同校舎で授業を行い、2020/21年度に再び、2026年現在も小中学部の授業が行われているRiedtli校舎へと移転しました。
協会の名称について
「チューリヒ」「チューリッヒ」。協会の正式名称は「チューリヒ日本語教室協会」、「ッ」なしの方です。設立者によって決められました。背景には、ウスターの「チューリッヒ日本人学校」さんとの混同をなるべく避ける目的もあったようです。名称以外の地名としては大使館などに準拠し「チューリッヒ」の表記を使用しています。